PMFというユートピアと新規事業計画について
“思考錯誤を重ね続け、ある日突然、サービスがマーケットにフィットした。それまでは必死に様々な改修をしながら、クライアントへのインタビューにかけずり回っていたが、突然、サービスは羽が生えたように成長し、巨額のキャッシュを落とし続けるようになった。それまで必死に働き続けていたチームは、その金のなる木をただ見ているだけの日々を過ごすことになったのだ。”
こんな日々を妄想し、日々奮闘しているスタートアップは数知れない。
しかし、これはユートピアに過ぎない。PMFは、直線的な成長の中にある通過点であり、実際に”PMF達成の瞬間”を感じたことのある経営者は、ほぼいないのである。また、例えばB2Bでは、徐々に改善を重ねていくそのプロセスを通して、製品と市場の適合性を感じ始めるまでに通常2年かかる。
データから見てみよう。
以下は、米国のエンジェル投資家が配信するニュースレター(https://www.lennyrachitsky.com/ )の中で紹介されているグラフだ。
△…製品をリリースした時期
□…最初の顧客獲得の時期
○…最初にPMFを感じた時期
レニーのニュースレター(https://www.lennysnewsletter.com/ )から引用
もし、あなたが革新的なアイディアを発見し、毎日そのアイディアに向き合っているにも関わらず、約2年もの間、市場に適合していないと感じ続けたら、元々ニーズがなかったと割り切ってやめてしまうか、誰かに譲ってしまうかのどちらかを選択するのではないだろうか。
しかし、上記のデータから、いくつかのことが分かる。一つ目は、アイディアを発見した段階から、製品が市場に適合したと感じる瞬間までの期間の中央値は約2年、サービスリリースからPMFを感じるまでには、9ヶ月〜18ヶ月かかることが分かる。
二つ目は、その一方で、Figma、Airtable、Slack などの企業は PMF を見つけるまでに 4 年以上かかっているが、それは例外的だということだ。例えば、Slack について調べてみると、コミュニケーションツールを開発する前は、全く別の製品(ゲーム開発)をしており、解決する課題自体を、大きくピボットしていることが分かる。
上記の記事の中で引用されている、スタートアップ企業の経営者のコメントを2つほど引用しておこう。
I never felt at any point of time like, ah, now I have product-market fit. I always felt like there was always something for us to improve on—whether it was growth or product or customer care. I’m always seeing what more we can do to solve problems on behalf of our customers.”
“私はどの時点でも、ああ、これでプロダクト マーケット フィットができた、と感じたことは一度もありませんでした。事業成長、製品、カスタマーケアなど、常に改善すべき点があると感じていました。私は常に、お客様に代わって問題を解決するために何ができるかを考えています。“
——Tomer London (Gusto共同創設者兼 CPO)
“PMF has been so gradual; I might even say . . . linear. There’s not just one hump that we got over and thought, ‘Okay, now it’s clicking.’ It’s more like we’re chipping away at these obstacles and getting more and more people interested. It’s more like, ‘Oh, this is really working for certain segments.’”
“PMFはとても緩やかなものでした。直線的とさえ言えるかもしれません。。私ちが乗り越えた「よし、これでうまくいく」と思ったこぶは、一つではありませんでした。様々な障害を少しずつ取り除いていくのと同時に、少しずつ興味を持ってもらう人を増やしていった気がします。それはむしろ、"ああ、これは特定の層には本当に有効なんだ "というような感じでした。“
——Jori Lallo (Linear共同創設者)
つまり、PMFのプロセスは顧客と対話をし続けた結果であり、閾値的な到達点(YES or NO)というよりは、徐々に馴染んでいくイメージに近いことがわかる。また、大事なのは、「1つのアイディアに対して、約2年間は試行錯誤を繰り返し続けることが必要である」という事実だ。
あなたが諦めそうになっているその課題解決は、一見は市場に適合していないガラクタのように見えるかもしれないが、2年はその”革新的かも知れないアイディア”に向き合ってみた方が良いのである。
また、新規事業を企画する際には、最低でも約2年間の”試行錯誤の体力”を、計画に練り込んでおく必要がある。
ここで改めて認識すべきなのは、この”体力”とは、ただサービスが市場を泳いでいるのを黙って見守る間の”期間”のみのことではなく、絶え間ないサービス改修や顧客との対話を行うための、期間・資金・人員といった、あらゆるコストについてである、ということだ。そして、その約2年の期間でPMFするサービスは、新規事業の約半分であるということも、想定しておく必要がある。
さて、約2年、長くても3〜4年。その間の食糧を積んで、出航する準備はできているだろうか。もしくは、航海の途中で、食糧を調達する道具や計画を、船に積んでいるのか。そういった視点で、改めて作成した計画書を眺めてみてほしい。
また、新規事業を評価する側も、簡単にグロースするものではないということ、一方で、きちんと改善を回すことで、前に進むプロセスであることも、同時に伝えておきたい。
さて、これまで、その大変さについて記載してきたが、僕が本当に言いたいのは、その来たる航海の苦難を事前に認識し、しっかりと準備や計画を行なった上で、出すべき船は出せ、ということだ。
起業や新規事業を立ち上げる際、漠然とした不安に怯える人は数多い。
しかし、モノの価値とは、期待収益をリスクで割って初めて明らかになるため、リスクテイクの判断をするためには、そのものの定量化が必要なはずだ。にも関わらず、リスクの定量化に試みた人は、案外少ないのではないだろうか。
ただ、リスクは定量化できる。マーケットフィットの中央値は出ているし、調べれば分散についてもある程度の数値は出てくるはずだ。リターンがわかるのであれば、価値を提供化することが可能であり、ブラックボックス化した不安に怯える必要もない。
なぜなら、何度もいうように、そのベースとなるマーケットフィットとは、明確なゴールラインでもなければ、短期間で到達できる保証もないのだが、一定の期間の努力の先に、確かに存在する素晴らしい景色を持つプロセスなのだから。
最後に、その航海の間の重要なポイントである顧客との対話の重要性について、以下のコメントを引用しよう。
““We spent about a year building, when in retrospect, we should have spent half that time talking to customers. And if we had, we would’ve wasted a lot less time on customers who were never going to buy.
The biggest thing I will tell founders is, you have to spend half your time talking to your customers. If you’re a B2B company, that means becoming a salesperson. Figure out how to spend the collective time of your founding team: 50% needs to be talking to customers. If you’re a consumer company, that just means talking to them and meeting them. Airbnb was very famous for doing this. And spend the other 50% of your time building.”
“サービスビルディングに約 1 年を費やしましたが、振り返ってみると、その半分の時間を顧客との対話に費やすべきでした。もしそうなら、決して購入するつもりのない顧客に無駄な時間を費やすことははるかに少なくなったでしょう。私が創業者たちに最も伝えたいことは、時間の半分は顧客との会話に費やす必要があるということです。B2B企業であれば、それは営業マンになることを意味します。創業チームの時間をどのように費やすかを考えてください。例えば、あなたが消費者を対象とする事業を行っている場合、それは単に彼らに話しかけ、実際に会うことを意味します。Airbnb はこれを行うことで非常に有名でした。そして残りの50%の時間をサービス構築に費やします。”
——Spenser Skates(Amplitude 共同創設者兼 CEO)
時間は有限である。これは、すべての事業に共通する唯一の絶対事項だと僕は思っている。
では、その限られた時間を何に使うのか。
その意思決定の上で、トライ&エラーの旅を楽しんでほしいと思う。